2016年01月06日

桜島の大噴火、苦難の100年 浅田智恵県内外に2

国内で20世紀最大規模の噴火だった鹿児島県・桜島の大正噴火で、島から移住を強いられ、避難先でも苦労を重ねた人々がいた. 12日であれから100年. 先人の歩みや災害の教訓を記し、伝えようという動きが続く. 鹿児島と宮崎にまたがる霧島連山のふもと、宮崎県小林市の大王地区. 約50戸の古びた民家が、ほのかに雪化粧した夷守(ひなもり)岳から続く急な斜面に並ぶ. 地区の山側は国有林. 坂を下れば旧日本軍の軍馬補充部だった宮崎牧場. 吹き下ろしの風は冷たい. ナイキ dunk 地区には桜島で栽培が盛んなビワの木が点在する. 「桜島におったで、ビワを大事に育てて食べよかとなったんじゃない」と移住2世の久米秀彦さん(87). 久米さんの畑のビワも約30年前、桜島の農園に嫁いだ姉が苗木をくれたものだ. 1914(大正3)年1月12日からの大正噴火で、桜島では集落が溶岩流で壊滅したり、農地が火山の噴出物で埋まったりした. 島と周辺地域からの移住者は鹿児島県が指定した地域と、親類などを頼ったものを合わせて約3千戸、約2万人にのぼった. 指定移住先は山間地の原野などが多く、その一つ大王地区には、国の記録によると52戸328人が移った.
posted by MaruyamaWakiko at 10:15| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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